本音 仲間

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建前の 使いどころ

建前ばかりの社会

本音の仲間を得ようと思っても、 現代も相変わらず 建前が多い 日本の社会。 上面は 互いに仲良く 互いに合わせ合っているように見えて、 誰も本音を口にしない。 集団の中であれば なおさら。 仲が良くなって 二人きりの場に居合わせると、 稀に少しだけ 本音がこぼれる。 けれど 言葉にするのが恥ずかしいと思うようなことは、 ほとんど言わない。 相手に察してほしいと考えてしまうから、 伝わらない。

アサーティブ という手法のコミュニケーション方法をご存じだろうか。 喧嘩になるほど激しく自己主張する人や、 逆に 相手に察してほしすぎてコミュ障だと自己分析する人は ぜひ身につけてほしい手法だ。

本音など いくら出しても 長い目で見たら 損をするものでもないだろうに、 誰もがこれほどまでに 本音を話せる 相手を 制限している。 家族にしか本音を話せない人、 家族にすら本音が話せず ネットに吐き出す人、 尊敬する先生もいない、 頼れる友達もいない、 そうした人が 少なくなくなっている 社会に、 私たちは生きている。

本音 仲間

家族との違い

運よく 家族には 本音が話せる。 そうした人にとって、 家族と それ以外の人 との違いは、 いったいなんだろうか。 考えてみてほしい、 なぜ 本音を話せる相手と、 話せない相手とがいるのだろうか。

感情的なレベルで話をすればそれは、 警戒しないでいい相手と 警戒が必要な相手 とに分けられるのかもしれない。 警戒心は 生まれ持った本能だ。 生まれた時から一緒にいる 父母に警戒心がわかないのは、 恵まれた家庭だと言える。 それでも 親が 恋しいのが 子供だ。 その感情は 様々な 面を表にしながら、 子が子供である限り ずっとついて回る。

――無償の愛を 求め続ける。

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線引きする人、しない人

時折 相手が誰であろうと 本音で話す 人がいる。 そうした人は 昔であれば 豪胆で気さくな人として 尊敬されることもあったが、 今どきは 蔑まれ 疎まれることも多い。

KY、 うざい、 変わり者、 明け透け、 馬鹿、 頭が弱い……

実に、 沢山の言葉で 蔑んで押しつぶさんとする。

なぜか? 答えは簡単だ。 自分ができないことを 簡単にできてしまう相手に対してのやっかみ、 は 蔑んでいる側も なかなか気づかない本音。 自分が一生懸命に 頭を使って 建前を駆使しているのに、 何でお前は それができないんだよ! というのが 表立った感情。

建前を使うことが 正しいとする人たちからしてみれば、 建前などどこ吹く風で、 思ったことを思ったように口にする人は、 馬鹿に思えるのだろう。

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わかり合おうと思わない

本当は 違うと 心のどこかで感じ取りつつ、 周りがそうしているからと 本音を隠す。 それがどれだけ ストレスになっているか、 知らない人は 日本人には いないだろう。 だから本音を簡単に口にできる 馬鹿とは相いれたくないという 気持ちが先にくるのも不思議ではない。

建前を正しいとする人は、 目の前の相手と わかり合いたいとは思っていない。 そう捉える人が ほとんどだと思うが、 言葉の テンプレート を選んで 会話することを 建前 だと言うのであれば、 その言葉を選択する 意図に 本音は隠れている。

ただ事務的に、こう言われたからこう返す。 コールセンターの対応マニュアルではないのだから、そこまで建前で話をする人はいまい。 それでも 時に 誰かの言い回しを借りて、 本音のままでは不躾だから 遠回しに伝えたいと思い 告げるのだ。

今日は月が綺麗ですね、と。

親友候補の仲間たち

親友を欲しがるには まず、 友達を 作ろう。 その友達の 作り方だが、 家から外に出て どこかで出会った人と 挨拶を交わそう。 おはよう、こんにちは、こんばんわ、さようなら、また明日。 その挨拶を 繰り返し 交わし合うことで 知り合い になれる。

知り合いができたら、 タイミングを見計らって 相手に尋ねてみよう。 なんのお仕事をしているのですか? や、 どういった飲み物がお好きですか? でも、 その人と挨拶を交わすシチュエーションに 沿って、 なるべく とりとめのない どうでもいいことを 聞いてみよう。 それに気さくに答えてくれたら、 友達になれるかもしれない。

今日は天気ですね は、 私は あなたと 会話がしたいです といった意味もある。 挨拶に加えて そうした天候なども話せるようになれば、 友達となるために 今度一緒に○○に行きませんか? がいい。 ただし 昨今のコンフィデンスマン流行りもあり、仲良くなって高い絵画や保険などを買わされたら嫌だなと 警戒する人もいる。 その警戒を解く意味でも、 焦らずにひと月ふた月は 挨拶を交わすだけにとどめよう。

学校に通っていた頃も、 本格的に友達としてつるむようになるのは 新学期が始まって 夏休み前くらいじゃなかろうか?

どうしても 急ぎ 友達が欲しい と言うのであれば、 あまりお勧めはできないが 泣き落としなんて方法もある。 しかし 計画的にそこまですると 本格的に コンフィデンスマン と疑われるだろうから お勧めはしない。 話の流れで 涙ながらに 友達が欲しいと泣きだされた日には、 およそ普通であれば 同情はしてくれるだろう。 しかし同情されてできる友達は、 ぶっちゃけ質が悪い。 下に見るから 仲良くしてくれるのであって、 その人よりも優れたところがあった場合、 敵意に変わる人もいる。

取り留めなくここまで書いてきたが、 要するに 本音の仲間をつくるためには、 自分から本音でいかないとダメだということ、 それと、どれだけ頑張っても、 受け入れられない人もいるということ。

本音だと互いに阿呆らしい・・・

本音だと互いに阿呆らしい・・・

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